事実と実態と記憶と歴史と

2017年06月01日
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旅を楽しむコツ
安倍首相も菅官房長官も政治的な圧力などかけていないし忖度もなかったと言っているが、それはある見方をすればその通りだろうと思う。いちいち圧力をかけなければいけないような気の利かない役人など出世させるわけがない。何も言わなくても意を汲み取りそしてあたかも忖度などなかったように粛々と手続きをすすめる人間を取り立てるのである。もう何年も首相の座にいるので、彼の周りにはそういう家来ばかりであろう。圧力なんてかけるわけがない。そんな必要ないさと鼻で笑っているだろう。







気仙沼から海岸線をずっと南下した、あの大川小学校のそばを通った。さすがに犠牲者の数の多さもあり軽い観光のノリでは立ち寄れないが、それでも悲惨な出来事に思いを馳せ犠牲者よ安からに、という気持ちにはなった。大川小学校は地震後ずっと校庭に先生も子供もいてそれで逃げ出した時にはすでに津波が迫り多くの子供たちがそして教諭も犠牲になった。

少しネットで調べてみた。地震が起きてから50分、校庭で何をしていたかと言うと、教諭たちで議論をしていた。あいにく校長は年休で不在、教頭学年主任などが合議。校庭から避難すべきか止まるか? 避難するにしてもどこに逃げるか? 校庭は過去に津波が来た記録はなく一応避難所に指定されていた。100人ものこどもを連れてどこかに行くより止まるほうが移動の危険がないという主張がなされた。裏の小高い山はそれは登れるが100人登って一人も怪我をしないという保証はない。津波が来なかった時に誰がその責任を取るのか?こう言われると容易に決断できない。

避難所に指定されていたとは言えより高い場所を探して逃げるべしともマニュアルに書かれている。それから防災のアナウンスで避難を呼びかける声も聞こえる。やはりより高いところに逃げたほうがより安全である。結局津波が来る直前に、近くの校庭よりは少し高いところに移動することが決まり移動しかけたところで津波に襲われた。ちなみにその目指した場所は津波に覆われてそこに行っても同じであった。

以上が手短にわたしの調べた範囲をまとめたもので、調べは甘いか浅いかあるかもしれないが、そこはそことして、決断が遅れて(あるいはなされず)手遅れになったということは間違いないことであろう。調べていて驚いたのは、この出来事で生き残った教諭が一人いる。学年主任という立場にある男性教諭であるが、事故後もあるいは裁判を通じてもその学年主任からまともな形で事実は語られていない。その話になると錯乱状態になりドクターストップがかかったようである。いろいろ洩れ聞いたり子供達の証言と合わせて、だいたい上に書いたことであろうというあくまでも推論になっている。

このように事実をよく知る人間はそこにいても事実は語られない。仮に語ったにしてもそれは過不足ない事実かどうか? それも判断が難しい。政治的圧力などかけていない。直接的な証拠が残るという意味においてはこれはたぶん事実であろう。だが仮にそれが事実であったにしてもそれは実態とは違うということである。証拠もなく誰も立証できないのであればそれは圧力はなかったということになる。そうなってくると事実事実と言ったところで、その場の状況をまるでビデオのように再現したところで、それが実態を語ってるかどうかははなはだ疑問ということになる。

大川小学校の50分をビデオに再現したところで、そこには教諭間の人間関係、あるいは言外の意思表示、表には出て来ないものがたくさんある。顔つきもみればあいつこうするつもりだなと当事者だけはわかるということはたくさんある。わたしも会社で言っていることと目がまったく違う人間というのを何度も見て来た。口では自由にやれと言いながら、勝手なことをすればどうなるかわかっているだろうなと目が語る。

このように事実というか実態というか、真なるものはなにか混沌とするのが世の常であるのだけど、それを時間軸を長くして記録したものが歴史である。以前も三成の佐和山城のことをここで書いたが、歴史というのはどうにでも書かれるものであるが、そういうものだという前提にたって歴史を見るとそれでまた興趣もひとしおという面もある。きらびやかに博物館で陳列などされていなくても、うらびれた佐和山やあるいは小谷城跡はむしろひっそりと歴史を語っている。

その後松島にも寄った。松尾芭蕉は松島にやたら感心したそうであるが、その芭蕉は浄土ヶ浜までは行っていない。浄土ヶ浜は松島より300キロくらい北にあるが今回の旅でいちばんの絶景であった。遠いところではあるが一度くらいは訪ねてみる価値はあると思う。松島であるが、わたしは3度目だと自分で思っていた。一度はさっと訪れて2度目はじっくりと船にも乗り島を訪ねた。そう思って3度も行きたくなかったのだが同行の友人がぜひ行きたいというのでつきあった。行ってみてどうも様子が違うのでそれで記憶を再度喚び起すと、自分が松島だと思い込んでいた2度目は実は金華山だとわかった。記憶とネットの画像が一致した。それでああ、と思い起こした。いい加減なものであるがそんなもんである。

安倍氏も菅氏も自分ではそうだと思いこんでいていも記憶違いというのはあるかもしれない。そう考えて自分の記憶を再確認する意味でも証人喚問でもなんでもやればいいのになと思う。自分だって疑惑を晴らしたいだろうに。




いや?それとも記憶はばっちしってことかな? その上での振る舞いって可能性が実はいちばん高いのかもしれない。

最後にとびきりの事実を。宮城の魚は美味い。
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ハルトモ
Posted by ハルトモ
自由人ハルトモ。那須とさいたまを毎週往復するリゾート&リタイアライフ、そして旅、投資ネタもありのブログです。
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Comments 2

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金田勘十郎  

No title

夜分失礼します。
最近思うことは、怒りや憤りを職場で感じたとき、ハルトモ様なら、どのようにその状況を楽しまれるのか、ということです。

怒りを感じ、それをツラに出したら自分に負け、みたいな。

ハルトモ様のように、どんな時も人生を楽しむためには、大変な精神の修練が必要と感じております今日この頃です。

乱文失礼しました。

2017/06/01 (Thu) 23:39

ハルトモ  

No title

わたしはおかしいなとか間違っとるとかは思いますけど、強い怒りとか憤りを感情的な意味ではあまり感じないですね。

常に行動を考えてますから、怒りとか憤りは行動ではないです。次に何をするか? それで怒った(ふり)てのはありますよ。

2017/06/02 (Fri) 07:21

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