フォスタープラン

2017年05月07日
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人生の考え方
今日は午前中フォスターチャイルドに手紙を書いた。手紙が来たんだけど原文はこれは何語なんだろう? ヒンズー語? 丸がたくさんある。それに英訳がついているのだがその英語がスペル表記が変わっていて読みづらい。なんとか読んでそれで英語で返事をしたためたというわけだ。インドの女の子である。写真を見るととてもかわいい。50グラムまでの贈り物が許容されるようになったので子どもが喜びそうなシールを用意した。フォスタープランももう25年以上続けている。たぶん一生やる。 娘にも続けてもらおう。どんなシールが良いかはかみさんに任せることにした。インドの小さな女の子がどんなものを喜ぶんかわからないけどいくつか送れば当たりもあるだろう。

このブログの読者の経済レベルは世間一般から見てたぶん高いと推測する。だから援助をさしのべられる方の気持ちの理解はきっとむずかしいのかなと思う。援助される方にも尊厳がある。貰えばいいというものじゃない。わたしは幸いそのあたりのデリカシーがある。わたし自身が足長おじさんに援助を受けていたからだ。わたしが児童養護施設にいたときにフォスタープランと同じような制度があって、わたしのフォスターペアレントはイギリス人であった。そのイギリスの方はもうたぶん亡くなっていると思うけど、今のわたしを見たらきっと喜んでくれると思う。

わたしは世間一般ではわりかし豊かな人とのつきあいが多い。やれ乗馬だ、ゴルフだ、スキーだと、楽しく遊ぶけど、そういう仲間に入るとわたしは気遣いのできないできそこない人間という扱いになる。会社づきあいでも同じ。一流企業に勤める人たちからみればわたしははみ出し者。見渡せばみんな恵まれた家庭に育った人たちだ。わたしは言ってもしかたないから言わないけど、彼らは自分たちでは細やかな気遣いだと信じ込んでいるようだが、すっぽりと絶対的な弱者に対する理解が抜けている。とういうかできない。しょせん知らない世界なのであろう。だが接点のない世界だから別にそれでおかしいと指摘されることもなく自分はまともと信じて一生を終える。

目をかけている子がいる。賢くてしっかりとしている。自分で言うのもなんだがわたしの子どもの頃を見るようだ。この子は親の縁が薄い子だからすべて自力で生きねばならない。大学には行くのでわたしなりにできる応援はしていこうと思っている。その子とわたしの距離は近い。わたしが子どもころのように、またフォスタープランのように、子どもが成長してもしも成功してもそれを見ることがかなわない状況とは違って、わたしはその子の将来に向けた邁進を身近に見ることができそうである。それはなんと幸せなことか。応援できる幸せというのもあるのである。

午後はジムに行ってたっぷりと汗を流して、それからビールをいただきながら女子プロゴルフ観戦。みんな凄いミニスカートだ。近々現場に行けねばいかんなと、そう感じた午後であった。
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ハルトモ
Posted by ハルトモ
自由人ハルトモ。那須とさいたまを毎週往復するリゾート&リタイアライフ、そして旅、投資ネタもありのブログです。
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