なんで働かない?

2017年03月31日
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日々の雑感ーリタイアライフ
さるブログの記事に「なんで儲からない」と書いてあったが、わたしは見た瞬間「なんで働かない」て読んじゃう。自分の立場で漢字さえ違ってみえちゃうのが人間てことだね。もう労働というものをしないで一年になる。労働をしないということではわたしにはゴルフ仲間のあまさんという先輩がいる。家賃収入で暮らしてもう10年以上働いていない。本当に労働というものが嫌いみたいだ。今は親の面倒も見ているがそうでないときから働いてないし今後一生働く気はないそうだ。あれはあれで境地だと感心する。

翻ってわたしなどはそもそも労働というものが嫌いではない。もちろんあまさんと同じように労働というものを見ているところはあって、気にくわないことをとやかく言われたくないとか人に仕える気はないとか、それは同じである。労働は搾取でもあるから立場としてはあまり居心地がよいものでもない。でも労働をすればそこにはまた別の楽しみもあるわけで、例えばそれは同僚との出会いつきあいだたったり児童養護施設ならこどもの喜ぶ顔だったり、それはあってよかったなと思えるものである。わたしはそういういいとこ取りをしたいと欲張りに考えてしまうほうでもある。

そういう心持ちだからなんだかんだで30数年サラリーマンをやってきたわけだ。組織からこぼれそうでこぼれないどころか、のしあがっちゃうというレアなサラリーマンになった。結論から言えばサラリーマンも向いていたというとそれは言うしかない。けっこう給料いただいていたしそれで生涯続く企業年金まで手にした。わたしがサラリーマンでうまく行った理由の一番は運だけど、自分なりに思うのは、あまり一カ所に多くを求めないという性向があると思う。どういう意味かというとサラリーマンであることで生活すべてを成り立たせようと思わないってこと。それからいくら出世しても大したものだとも思わないってこと。肩書きとか社会的な立場などそんなもの大したことはないと達観している。

株式投資とか不動産投資とかも別に一芸に秀でるとかいうわけじゃない。なんか努力して技とか腕を追求するわけでもない。自分の才覚というのものがあってその中でぱくぱくと頂けるものをいただくだけである。儲からなければやらないだけでなんとか頑張って儲かるようにしようとかはしない。そんなことしなくても所詮金の話なんだからほかで儲ければいいやと思う。儲けなくてもいいとは思わないけど、何をやってもこだわりはない。

労働に話を戻すとずっと遊んで暮らしていくというのはわたし向きではないなと思う。遊んでいても飽きないしいずれ本当にそういう時期もくるとは思うけど、今はなんかしたいなという気持ちはある。ではそこで職探しで、自分のキャリアを生かすとかどういう方面が強いとかそれは少しでも収入を多くしたいと思うとそういう選択になるけど、同じことは飽きるね。わたしの同僚では辞めても似たような仕事をしている人間がほとんどだ。彼らも金の問題でそれしか選択肢がない。わたしのように児童養護施設で働くなんてのは家族のことを考えたらできない。まあやりたくもないか?

世の中で成功する人というのは、ある道をひたすら追求したという人が多い。なんとかバカとか言ってほかのことはできないしやろうとも思わない。それが好きで好きで仕方ない、そうやって死ぬまである世界にずっといる。いろんなことに手を出すよりその方が良いということなんだろうけど、わたしはそうは思わない。別に食えるならそれ以上の成功とか金は要らない。自分が知らない世界とか見てみたいしいろんな経験をしてみたいと、そのほうがおもしろそうだ。結局自分が楽しいか楽しくないか、いろいろやって楽しいと思う方だからそれは仕方ない。そういう人間がいても別におかしくはないと思う。まあひとつに集中した方が成功しやすいしそれは金も稼ぎやすいとは思うけど、それがなんだとも言える。

そんなこと言いながらそれでけっこう稼いじゃうてのはハルトモ君でなんかずるいとか言うか要領が良いというか、運が良いというか。変わっているというか、わたしのような人間をほかに見ない。ということで労働も楽しみ、遊びも楽しみ、他人のものさしを自分に当てはめずに、自分の尺度で人生を謳歌する。後悔なんてものはバカな人間がするものだと思う。
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ハルトモ
Posted by ハルトモ
自由人ハルトモ。那須とさいたまを毎週往復するリゾート&リタイアライフ、そして旅、投資ネタもありのブログです。
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