むしろ照ノ富士に好感を持った

2017年03月27日
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日々の雑感ーリタイアライフ
照ノ富士の変化でわたしがすぐに思い出したのは、、、ご記憶の方はおられるか?1年前の同じ三月場所、琴奨菊は綱取りの場所であった。7勝1敗と十分綱取りに可能性を残している9日目、琴奨菊は稀勢の里と対戦。その取り組みで稀勢の里は立会いの一瞬の変化、琴奨菊はあっけなく土俵に転がる。今場所の照ノ富士と全く同じである。琴奨菊はその後負けを増やし結局人生唯一の綱取りを逃す。勝ち越しが精一杯であった。

この稀勢の里ー琴奨菊の一番の時に場内は所謂凍りついた雰囲気とはなったが、ひどいブーイングが出たり、その一番で綱不適格とまでのマスコミの論調も出なかった。稀勢の里にも優勝のチャンスはあったし必死にやっているという見方も多かった。それも照ノ富士と同じである。

琴奨菊の綱を奪う稀勢の里、大関復帰を奪う照ノ富士、これだけ状況が似ているのだが照ノ富士に対する大阪場所でのブーイングはひどかったそうである。解説者の言い方も非常に否定的。マスコミも悪く書く。まさに天下の大悪役になってしまった感がある。

何故か? それは稀勢の里が日本人で、照ノ富士がモンゴル人だから、と外国人ならそう考える人間が多いのではないか?日本人は思いつきもしないかもしれない。

照ノ富士にはがっかりとしたのはわたしも同じだ。琴奨菊にああいう形で引導を渡して欲しくなかった。だがだからと言って、あまり照ノ富士を悪く言うのもそれは行き過ぎと思う。琴奨菊は変わられてよく転がる力士なのである。

敗者照ノ富士の態度は立派だと聞く。すべて自分の問題と多くを語らない。わたしはそれで照ノ富士に好感を持った。

今回の記事はわたしがどこからか引っ張ってきたものではない。マスコミでも解説者でもこんなことを言ったり書いたりしている人間はいない。いまや時代のヒーロー、稀勢の里にケチをつけることになるからだろう。

世の中というのはこういうものである。誰も悪意もなく嘘もついていないが、事実に触れないだけで、これだけの差が生じるのである。稀勢の里は立派で感動的であった。照ノ富士はよい悪役兼引き立て役になってしまったが、わたしはそういう照ノ富士にも目を向けたい。そういう人間である。
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ハルトモ
Posted by ハルトモ
自由人ハルトモ。那須とさいたまを毎週往復するリゾート&リタイアライフ、そして旅、投資ネタもありのブログです。
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