資産や年収じゃなくて

2016年09月09日
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マネーと生活
投資をしててもあるいは事業をやってもサラリーマンでも年収が少ないより多い方が良いと、資産も少ないより多い方が良いと、このあたりは誰でも深く考えずにそうだと思う、と思うけど、そういう当たり前という感覚を疑ってみるということがとても大切じゃないかしら。

自分の子どもに小遣い渡すときに子どものために多ければ多いほど良いなんて誰も考えないでしょ。でも自分が稼ぐ金は多ければ多いほど良いと思うのはそれは変だ。自分を自分の子どもだと思ってその子のためにはどうするのが良いかと考えると良い。

わたしは自分のこどもに感心しないような振る舞いまでして稼いで欲しいと思わない。どうみても人間的に尊敬できない上司にすり寄ったり、あるいは間違っていることでも唯々諾々と上のいいなりになったり、あげくには家族との時間まで犠牲にしたり、家族を大切にしないでそれで家族のために働いている気になっている、そんなこと子どもにして欲しくない。もちろん人を利用したり自分のほうが偉いからと下に無理難題押しつけて欲しいとも思わない。だから自分も悪い見本にならないためにもそんなことしないし、したくもない。


自分を自分のこどもだって思えば振る舞いはそれなりのその人の価値観とかに収まるはずで、それが実は自分を大切にするってことで、それはそのまま家族を大切にするってことに繋がる。わたしはそう考えるのです。

自分の人生でも経済的なことでも経済的なこと以外でも、自分にとってどうあればそれが一番好ましいかそこをよく考える。わたしはお金は暮らせるだけあればいいです。わたしがそういうとね。みんな言うのよ。ハルトモは金を持っているからそんなこと言えるんだって。ところがだ、わたしより金を持っているか同じくらいの余裕がある人間でも、ほとんどの人間はもっと欲しくなりますよ。もういいですなんて自分で言えない。

時々豊かな人間でいますよ。自分は自分のことを金持ちだなんて思っていません。もっと凄いお金持ちが周りにもいますとか、、本人は謙遜しているのか言葉を選んでいるのか知らないけど、国民全体から見れば豊かであれば自分は豊かだと思うのがそれが自然です。わざわざ自分より豊かな人間と比べるという意識があるんでしょうね。わたしはそんな個々の比較はしないから、ざっと見渡してもハルトモは豊かなだなってそう感じるし思った通りそう言う。自慢を聞きたくないとねたむ人間はどうでも良い。もっと金持ちはいることくらいそりゃ当然。要は今の境遇で足りるを知れということです。

それでもお金のことを考えないわけではなくて、自分の経済的な基盤がどうあればそれが好ましいか? そこを考える。わたしはギャンブラーで山師ですけど余計な戦いはしない。それを含めて勝負師だと自分で思っているけど、ようは資産の額じゃなくて年収の額じゃなくて、その両方のありかたの質を考えるということです。そして自分の生活とのバランスがある。心穏やかに嫌なことしないで自分で好ましいと思える生き方をして、そこで得られる収入の最大化をやはりそこは計る。ただ最大化と言うけど限度を超えればそこで終わり。それ以上は要らないから。そういうことです。

不動産でも借金して利回りの高い物件を求める人がいる。儲けは多ければ多いほど良いと思っている。わたしは不動産を買うときに、持っていて損はないなって自分でそう思えるものを買う。自分で使っても良いと思えるものが基本。その中でもちろん利回りは考えるけど、アパートなんて住みたくもないし欲しいとも思わない。結局そのアパートは自分の欲が形を変えただけで金にしか換算できない。だから儲け儲けとなる。自分で使える時点でその価値は高まるということが起きる。それは仮に実際使わなくて貸しておいてもそこに選択肢として残るからお金以上の価値を生む。たとえばわたしのように親孝行ができるとかね。そこが考えどころ。そんな難しいことを言ってるつもりはないけど、たぶん実際にやることがなかなかできないってことだろうね。
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ハルトモ
Posted by ハルトモ
自由人ハルトモ。那須とさいたまを毎週往復するリゾート&リタイアライフ、そして旅、投資ネタもありのブログです。
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Comments 2

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pt_*****  

No title

はじめまして。
子供のお小遣いとの比較の視点は秀逸です。
目から鱗が落ちました。

2016/09/10 (Sat) 08:45

ハルトモ  

No title

たとえってのはセンスですよね。

2016/09/10 (Sat) 14:29

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