話が合わない

2016年08月31日
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サラリーマンライフ
まあ同年輩と話が合わないてことを書いたんだけど、どういうことかと言うと、40代50代てのは確かに働き盛りなんだけど、でも仕事は人生の中で主でも従でもないってこと。もちろん遊びも。言うなら仕事している一時間もトイレにいる一時間も(そんないないか!)、遊んでいる一時間も、みんな等価。ある時間が主である時間が従には決してならない。だって自分の人生なんだから。ましてや、ある時間のためにある時間が存在するとか犠牲にするとか、そんなのはあり得ない。それじゃプラスマイナスになっちゃう。人生はプラスの連続でなくっちゃいけないてわたしは思う。生きてるのがただ楽しいてのが人生だから。

同じ理屈で将来のために今があるってこともない。もちろん結果として後からそう思うのは自由だけど、少なくともこの今輝いた時間がさらに将来輝くのが人生で、辛いとか苦しいとかそれも楽しめるものでないと、ただ単に犠牲にするってことだと、人生こんなはずじゃなかったって臍を噛むってことになる。

たったこの今輝いていれば、そのあとどんな結果が来ようと後悔しないですよ。嫌なことをやって後から後悔するより、嫌なことはやらないでその結果を受け入れればいいのだけど、もちろん投げやりじゃないのよ。いい将来につながるようにそれはいろいろ工夫して行動するんだけど。

そう考えるとですよ。職業人としての自分というものの見方がかわる。職業さえ自分全部じゃない。たとえば医者がゴルフをしているんじゃなくて、自分というものがあって医者としての仕事をするし、ゴルフもするし旅行もする。会社も同じ。いくら偉かろうがそれまでのこと。

わたしがこういうことを書くと、お利口さんはみな反対しない。その通りだと思うみたい。でもその通りと思っている程度とわたしが思っている程度がけっこう違うの。わたしに言わせればどうも職業にかなり振られているというかバランスが悪い人が多い。でも本人はそれでバランスが良いと思っているから、だからどうにもならない。話が合わないってのはそういうことなんです。

わたしが言うことを理屈とか頭でわかるってことと、心の底からわかってそして実際行動に移すということの間に大きな差がある。このブログでわたしの生き様をいろいろ書いてきているけど、わたしのような人間、わたしは見たことないし、人からはハルトモのような人間ほかに知らないと言われるから、それは珍しいということになるんだろうけど、自分では人生かくありたいて確信している。それが結果として俗世的にも成功を収めているのは、やはり才覚とか能力とがフル回転したからなんだろうね。運がいいてのももちろんあるけど、運は誰でもあるよ。生かせないのよ。
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ハルトモ
Posted by ハルトモ
自由人ハルトモ。那須とさいたまを毎週往復するリゾート&リタイアライフ、そして旅、投資ネタもありのブログです。
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