オリンピックももうじき終わりだ

2016年08月20日
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日々の雑感ーリタイアライフ
週末だがゴルフは雨のため中止。コースまで行ったがやらずに帰ってきた。
朝も早くだったので車をコース脇に止めて一時間ほど寝ていたがよい気分。大雨でもラウンドしている人間がいるが雨の筋に姿がかすみなんだか絵を見ているような気分になる。浮世絵だ。雨の中を旅人が走っている奴。あんな雰囲気だ。

その後帰宅。ゴルフ仲間に挑戦する予定だったが残念であるがかわりに400メートルのリレーがライブで見れた。テレビの前で声が出るのはライブならではだ。そんで午後はゴルフの練習だ。

それにしてもメダリストが口をそろえて、多くの支えてくれた人に感謝すると言う。なんだかそう言わないといけないのかってくらいの雰囲気で異口同音じゃなくて同口同音である。確かに多くの人が関わらないとオリンピックのメダルなんてとれないのだろうね。支えられた人はやはり幸せだ。

世間一般の人はこんなに支えられたという感覚はあまり得られないと思う。まあよく言えば支え合う、普通に言えばもたれ合い、持ちつ持たれつ。そんなとこだろう。わたしなんか実際誰かに支えられてここまで来たって実感は人生でない。親まで含めてね。それはそれなりに人とのかかわり合いはあって感謝するという気持ちはあるけど、たぶんそれはオリンピックの選手の持つ感覚とは違う次元だと思う。

わたしの場合、一番大切な人はかみさんだけど、でもかみさんから支えられたって感覚はない。会社での出世や投資だってかみさんは無頓着で、まあわたしは元気でいてくれれば良いと、そんな高い欲求はわたしにないしもちろん必死に応援なんてしない。今だってかみさんがわたしに求めるのは、冷蔵庫をちゃんと閉めろとか、雨が降ってたら洗濯物を入れてくれとか、その程度である。一緒に楽しく生きてきたって感じである。

オリンピック選手が次に口にするのは、苦しかった、いろいろつらいこともあった。というセリフである。話っぷりをテレビで見ていて本当に辛かったんだろうなと思える。そんな辛さがメダルで報われたということなんだろうけど、またこういう辛さもわたしは経験がないや。わたしはなんでも楽しくやりたいほうで辛いとまで思ってなにかしたいと思わない。世俗的になにかを成し遂げるってタイプじゃないんだろうね。

それでもわたしはかなり恵まれてるほうだ。世間じゃ仕事とかあるいは株式投資でも、いやひょっとして家庭でも辛いとか思いながらいろいろやっていて、かつとくにオリンピックのメダリストのような実りも得られずに生きて行くって人が大多数だからね。わたしは不遇だと言っても子どものころだけ。その後何十年も楽しく生きてきて、そんで個人的には十分な実りを頂いてるてのはこれは誰に感謝すればいいのか? やはり神様とかご先祖様かね。

それでオリンピックを見ていて、勇気を与えられた、ありがとう、とか言う声が日本中で沸き起こっているけど、わたしはおめでとう、やったなーとは思うが、別に勇気をもらったという気はしないし、彼らにありがとうって言う気にはならない。だいたい勇気とか元気は余ってるしね。まあただで良い物を見せてもらってありがとうというくらいだ。彼らは必死に生きている。わたしも生きている。そしてあなたも。同じじゃないかね。ひねてる? たぶんそうだ。でもかなりハッピーであるよ。君もひねたらどうだい?
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ハルトモ
Posted by ハルトモ
自由人ハルトモ。那須とさいたまを毎週往復するリゾート&リタイアライフ、そして旅、投資ネタもありのブログです。
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