選挙権も定年を設けたらどうだろう

2016年08月11日
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株式投資
仕事を辞めてから毎月一回はゴルフ旅行に夫婦で行こうということにしている。今月は湘南の友人夫婦と高原ゴルフに行くのだけど、まあ話が弾むので楽しみである。どちからかと言うとわたしが聞いている時間が長いくらい。むこうの自慢話を聞くのだけど他人の自慢話というのは聞いていて本当に楽しい。まあ自慢話とわたしは呼ぶのだけどうまく行っている人間というのは普通に話していても自慢話になるものである。ただ恨みを買いたくないので隠す人間というのはいる。そういう人はやはりなにか完全に自由でないように思う。ただそういう人間もわたし相手だと隠す必要がないので普通に話す。そうするとそれは自然と自慢話になる。最近成功した富山の社長は、自分がうまく行くようになってハルトモの言うことが本当によくわかるようになったと言っていた。わたしは10何年前から同じようなことを言っているのだけど、だんだん話が通じる人間が増えている。とても良いことだ。

人生で他人の自慢話を楽しく聞けるようになればわたしに言わせればまあまあである。うまく行っている人間というのはほとんどそうだから。人の自慢話で眉をひそめるような人間が成功しているというのはわたしは知らない。下品な自慢話もあるのだろうが笑って聞いておけば良い。文句や愚痴を聞くよりずっとましである。わたしが聞いて比較的おもしろくない自慢話というのは、もともと裕福な家に生まれてさほど苦労せずに金を持っている人間の自慢話である。はっきり言って話が薄い。それなりに苦労をしているつもりだろうがやはり言うことの中身は軽くなる。でもそれは仕方ないとも言える。そういう境遇で育ったというだけである。貧乏で愚痴をいうよりましであるということだ。ついでに言うなら、わたしなんかよりずっと恵まれた環境で育ってきてそんでいい歳して文句や愚痴ばかり言っている人間というのは、実はこれはかなり多いけど、本当にバカだと思うね。自分の生きてきた成果をポジティブに評価できないわけだ。まあ心の中で笑って聞くけど。

さてそのゴルフ旅行の友人はわたしが直接個人的におつきあいのある人間で株で儲かっている唯一の人物である。それ以外に儲かっているという人間をわたしは知らない。あと一人京都の相場師はいるけど、この人は年賀状のやりとりだけでほとんどおつきあいはない。今はどうなっているかわからないが、株以外でも収入があった人なので元気であることは間違いない。まあこの二人くらい。一方で儲かっていないという人はそれはたくさん知っている。千万円単位で負けている人間は知り合いでも数人。数百万円なら枚挙に暇がない。千万円単位で負けられる人というのはそれだけ金があるということだな。

その数少ない勝ち組の友人はもともと共稼ぎでかなり裕福であったが、アベノミクスに乗ってかなり儲けてそれで豪勢なマンションをキャッシュで買った。海が見えるし駅のそばだし、病院や大きなショッピングセンターが目の前、温泉つきスポーツクラブも目と鼻の先、それで仕事はすでに引退してリゾートライフを満喫されている。ということで勝ったのは最近のことだが、これで家は3軒目。こうやって儲けを形に変えてしまうと完全に勝ち逃げ確定である。あとは残った金で遊んでおれば、よほど変なことをしない限り生涯勝ち越しは間違いない。もともとの生活基盤がしっかりしているのであれば、それに加えて株の儲けが数千万円でもくれば、それはかなりゆとりということになる。不動産は資産価値が高いので株の儲けの投下先としては有力だが、妙に不動産投資なんて考えてはダメである。その友人のように自分が住む家を買うのがよろしい。今まで住んでいた家は貸す。利回りとか気にしない。借金なんかないのだから損しようがない。もともと家をタダでもらっているのと同じである。

旅行に行くとすぐに10万円以上になる。海外に行けば最低でも数十万円、長めの旅行でビジネスクラスで行けば100万円はくだらない。ということでざっくり計算するとことしはたぶん昨年より300万円くらい生活費が増える見込みだ。この調子だとずっと続くんだろうな(海外は猫がいるのであまり行きたくないとかみさんが言っているので国内中心になるかもしれないが)。300万円というが年収300万円以下で暮らしている老後世帯というのはかなり多いらしい。中身にもよるのだろうが暮していくだけで精一杯という世帯も多いらしい。同情してもどうにもならない。数十年生きてきた結果である。受け入れるしかない。生活保護もあるので飢えない程度には暮らせる。ただ若者はなんとかしてあげたいと思う。恵まれない境遇の子はその子に責任はない。政府は老人より若者にもっともっと金を使うべきだと思う。若者にもっと金を使うと政府は言っているがわたしから見ればはるかに足りない。というか老人に金を使いすぎ。なぜか? 老人は投票所にいくからである。無視できない。いっそ70歳くらいで選挙権を定年にしたらどうだろう? 被選挙権はいくらでもやりたい人間はやればいいが、70歳にもなって政府とか行政になんとかしてももらおうなんて思うのは図々しいから投票は若い者に任せておけばよいではないか。本当は60歳以上は0.5票にでもできれば一番いいように思うんだけどね。さすがに差し障りが多いか。

ということで今日のわたしの主張は最後の十数行であるが、その十数行を導き出すために前段でながながと自慢話をする必要があるかと言うと、それは大いに疑問だが、かと言って書いたもの消すこともない。笑って読んでおけばよろしい。と思います。
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ハルトモ
Posted by ハルトモ
自由人ハルトモ。那須とさいたまを毎週往復するリゾート&リタイアライフ、そして旅、投資ネタもありのブログです。
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発展途上人  

No title

ありがとうございます。
私、努力します。あなた様のような心広い大人物になれるよう、努力します。

2016/08/11 (Thu) 17:26

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