媒酌人

2016年08月10日
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日々の雑感ーリタイアライフ
娘がエビマヨが好きであるので、作ってみようかなと思いそれでレシピを検索、難しいのはやる気ないので、簡単 エビマヨ レシピで検索だ。いくつも出てくる。適当なのを選んでその通り作った。確かに簡単だったが、出来は??であった。たぶん書いてある通りと言っても分量火加減ぜんぜん違うのだろう。個人的には片栗粉が多すぎてそいつが油を吸ってしまった。片栗粉を外せば味そのものはまあまあであった。

もう一度作れば少しましになりそうだが、これなら出前を取ったほうがいいな。やはりカレー専業でしばらく行こう。カレーはたくさん作れるというだけで家で自作する意味がある。わたしは基本的にあまり凝った料理は向かないなと思う。でも料理はよい暇つぶしにはなる。なんか働いているって気にもなるしね。別に働きたいわけじゃないが気分ということね。

オリンピック種目にいろんなスポーツがあるけど、見ていて到底人間業と思えないという観点では体操がダントツだと思う。シルクドソレイユを見ていても思うことだが、どうやってあんなことができるように人間はなるんだろう? 本当に不思議だ。だいたい演技を見ていて何をやっているかわからないもんね。いったい何をやっているのか? それを衝撃を持って初めて見たのは塚原の月面宙返りであった。30年以上前の話だがあの時点で体操は何をしているのか素人にはわからないという時代に入ったと思う。よくわからんけどとにかく凄い、そういうスポーツだね、体操は。

朝のテレビドラマはかみさんが熱心に見ている。ドラマが始まる前までに朝食を作って、それでわたしが着席するとかみさんはドラマに集中、ということで勢いわたしも見る羽目になる。そんなおもしろいとも思わないけどまあつまらないというほどでもない。今日は登場人物が結婚することになり媒酌人を探すという展開であった。

最近は媒酌人を立てない結婚式というのが多いだろう。形だけの媒酌人が多いのでそれでよいと思う。わたしとかみさんとで一度だけ媒酌人というのを結婚式で務めたことがある。大きな役割というと新郎新婦紹介の挨拶であるが、わたしのように文章を書くのと人前で話すことに慣れている人間にとってはそれほど難儀のことでもない。原稿を書いて読めばよいしね。媒酌人というのはおもしろい存在だ。式の主役は新郎新婦に決まっているのだが、その新郎新婦を時に上回る存在感の準主役である。知らない人まで挨拶してくるし、式場に着いてから控え室でもとても丁重に扱われる。

それはさておき媒酌人はなによりも幸せな二人のオーラを間近に堪能できるというのがよい。とてもよい気で充満している空間にずっといられる。良い気というのは体にも良いんだよね。家とか職場とかでもし悪い気が充満しているとしたら絶対それは体に良くない。もっとも気の出どこは自分自身なんで結局自分がどうかということだけど。

気はどこにあるかと言うと実はけっこう見える。まず言葉、そして態度、表情、歩き方など振る舞い、まずは見えるところから良くしていけば見えないところもよくなる。だがそれはそんな簡単じゃない。ちょっとした仕草や表情の曇りとか、神様はちゃんと見ているからかなり真剣に演技しないとだめ。結局俳優と同じで心からその気にならないとよい演技はできない。形から入るというのはそういう意味がだろうね。
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ハルトモ
Posted by ハルトモ
自由人ハルトモ。那須とさいたまを毎週往復するリゾート&リタイアライフ、そして旅、投資ネタもありのブログです。
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