金はあればいいというものじゃないがやっぱなきゃね

2016年07月14日
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マネーと生活
わたしは会社でけっこう偉くなりましたけど54歳で自己都合で退職しました。本当に会社に残りたかったら頭を低くして上に媚びて定年までいることも可能だったのかもしれません。仮にそうでなくても早期退職でも応募してまとまった金をもらってそれで経験のある同じ業界で職を求めるってことはまず可能だったと思います。今は再雇用という制度もありますのでこれは法律でやっていることだし、まあサラリーマンで大人しくしてれば11年間分の給料が入ったはずなのに、それを捨てて薄給の児童養護施設に入った。それも58歳で辞めた。

そう言うのを、なんかすごくストイックで格好よいとかいう人もいますけど、わたしは清貧という言葉が好きじゃない。貧乏てのはとても難しいことだって子供の時からよく知ってますから。だから敢えて貧しくても信念と貫くなんてのは嫌で、言うならカッカと笑いながらゴージャスに信念を貫くとでもいいましょうか、まあ豊かに楽しく自分の思うままに生きたいわけです。

なんで会社を辞めたかと言うと、それはもう会社がわたしの間尺に合わなくなったからです。勝手気ままに好き放題やっていたんだけど、いつまでもそんなの続くとも思ってなくて、その辞める潮時が来たってことです。頭を低くして生きる気はない。じゃあ辞めたら貧乏じゃそりゃつまらんでしょう。ただ意地を張っているだけになっちゃう。だからもう若い時からそうやっていつもチャンスを伺っていろいろ考えていた。そのチャンスは30代後半に来ましたよ。そんで才覚があったんですね。仕事もやり手だったけど、株為替不動産、何をやってもうまくやった。オールラウンドプレーヤーですね。自分で言うけど。

そんで結局お金があるから、酔狂みたい決断がいとも簡単にできるわけです。11年分の給料なんぞそんなの要らんと言えるくらい。でも稼ぐばっかりとかお金お金って言ってる人間はわたしのような決断するのは難しいでしょうね。普通欲は高まる一方ですからね。わたしはここで以前も書いたけど2回相続を放棄している。揉めそうだし向こうはわたしに渡したくないようだったから、あそうかい。要らんよと気持ち良く放棄しました。そんな金要らんと。金もないのに思いましたね。でもって自分で稼いでやると、その当時は根拠なかったんだけど、なんとなく自分で俺は稼ぐな、てそんな気がしていましたね。その勘は当たりました。幸い。

まあなんて言いますか、お金は稼ぐのが当たり前で、その上で稼ぎ方の質にこだわるといいますか、それが己の生き方そのものになっていくとわたしは思います。まあハルトモは運が良かっただけでたまたまだ、もしうまく行ってなかったらどうしたんだ、なんてそんなこと言う知人もいますけど、そんなの過ぎた話だから心配したって意味ないですよね。だからしません。たまたまでいいでしょう。人生なんてそもそも全部たまたまでしょ。裕福な家に生まれるのもたまたまですよね。親からよいおつむをもらうのも、たまたまですよね。そのたまたまでそこからどうするか? で全部たまたまですよ。間違いないのは「生きている」ということだけ、それ以外はすべてゲーム。わたしの言葉じゃないですがその通りだと思ってます。





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ハルトモ
Posted by ハルトモ
自由人ハルトモ。那須とさいたまを毎週往復するリゾート&リタイアライフ、そして旅、投資ネタもありのブログです。
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