国民の選択2

2016年07月11日
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政治経済
先の大戦の責任論と言う意味で日本国民が当時の政権というか為政者に問えるのは敗戦に対する責任だけであるとわたしは考えている。ずいぶんとおかしな戦略戦術を採用したし状況判断もおかしかったし外交も稚拙であった。この点について十分な国民的な議論がなされているとも思えないし誰も責任を取っていない。

それはさて置き、では戦争そのものへと突き進んだという国の進路選定に対する責任はどうか? これは責任を問うもなにもない。日本人の大多数が両手を上げて戦争を支持したのである。なにを言おうが結果はそうである。当時だって選挙はあったのである。戦争責任は日本国民そのものにある。日本人の多くはいまだに日本国民のほとんどは大戦の被害者であると考えている節がある。軍部とか政治が暴走したと、、真面目に一生懸命働いていただけの多くの日本人は被害者であり、信頼して任せていたのに裏切られた、、。こういうことを考える日本人が多いとしたら、将来ついても、まともな判断を日本国民ができるとは思えない。

参議院選挙の報道でいろんな国民の声を聞くみたいな特集がいくつもあった、二元中継で政治家がそれを聞いて応答するんだけど、たとえば豆腐の原料の大豆の価格が高騰して値上げもできない。なんとかしてくれ、、とか。それぞれに事情はあるのはわかるが、極めて直裁的に意訳すれば、皆が言っていることは、金をよこせとかもっと儲けさせろと、そう言っているとしかわたしは聞こえない。自分の生活のことだけだ。それを政治家が真剣にうなづいてなんとかしなければみたいな返事をする。

日本人は政治家にすべて任せて、真面目に一生懸命自分の仕事さえしていれば、自分は報われるべきだと考えている節もある。政治家もそういう。真面目に働く人が報われる社会を作りたいなんてね。そして結果バカな戦争をおっぱじめた。これが二度とないと言えるわけがない。国が形をなして以来の日本人の根本気質に関わる問題だからだ。せめて日本人はもう少し自分たちが間抜けであると知る必要がある、とわたしは思うけどね。
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ハルトモ
Posted by ハルトモ
自由人ハルトモ。那須とさいたまを毎週往復するリゾート&リタイアライフ、そして旅、投資ネタもありのブログです。
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