雨である

2016年05月30日
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日々の雑感ーリタイアライフ
今日は雨。雨の日はハルトモはなにをしているのかというと、これはいくらでもすることはあるのだがまずゴルフの練習。今日は300発ほど打っている。打った甲斐はあったという充足感はあるがスコアに繋がるかはそれはわからない。今日はアドレスの微妙な手の位置に気づきがあった。下から持ち上げるように手のふくらはぎが上を向く。ゴルフの教科書には当たり前のように書かれていることだが要はその加減がどの程度か?ということである。それが自分の感覚で落としこまれたい。ゴルフはつまるところ相対の世界である。絶対では測りきれないから相対にならざるを得ない。玉がフックするならスライスを打つしかない。スライスするならフックを打つしかない。そうやって自分のスイングをどこかでバランスさせる。だが感覚の世界だからすぐに壊れる。それをまた感覚で補正する。その繰り返しだ。

練習の帰りにゲオに寄った。見逃していた作品がいくつもレンタルにリリースされている。
5本で1000円で5本借りた。
1,ブリッジオブスパイ
2.タイムトゥラン
3,スペクター
4,エベレスト
5,はじまりのうた

早速1と2を観たが2を先に見てそれでワインが進んで1はかなり眠かった。ようやくついていったという感じかな。平日の午後ゆっくりとワインをいただきながら映画を観るというのはとても幸せだね。

ブリッジオブスパイは東西冷戦の映画と言えるだろう。こういった映画を観ていると、この日本がよく南北にも東西にも分断されなかったなと思える。原爆の投下の目的が早期の戦争集結であったことは間違いなかったけど、それは極東における戦後処理でアメリカが主導権を取るためであったというのは一番説得力がある。加えて一度その核の威力を試してみたかったという衝動が後押しした。もし終戦が延びれば、あるいはロシアの参戦によってそこで日本が降伏したとなれば、ロシアは北海道を乗り越えて仙台くらいまでは来たかもあるしれない。その結果日本がどうなっていたか?

歴史というのは、正しい行為をした人間が正しい結果を導き出すとは限らないし間違った行為がおかしな結果を導き出すとは限らない。いや正しいも間違いもないのであろう。ギリギリの決断はその結果を担保するものではないと言える気がする。ではなにを以って人は決断するのか? 究極は己の納得というきわめて個人的な作業に収束すとまあ半分寝ながらそれくらいはハルトモ君は考えたのである。

わたしもそれなりにたくさんの決断をしてきたがその決断が畢竟きわめて個人的な納得によるものだからこそそこに思い切りや潔さが存するとそんな気もする。使命感や理想の実現とかなど実はたいしたことではない後付けの理由にすぎないともし言うとしたら、それは言い過ぎだろうか?

雨はいつまでも降らない。あすは晴れよう。馬に乗ったりウェアウェイを闊歩、さすればまた人間は違うことを考える。それがどうかといえば、人間というのはその程度のものであるというのが一番わたしには得心がいく説明である。雨もよし晴れてもよしである。
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ハルトモ
Posted by ハルトモ
自由人ハルトモ。那須とさいたまを毎週往復するリゾート&リタイアライフ、そして旅、投資ネタもありのブログです。
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