義務とか役割とか

2016年05月25日
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日々の雑感ーリタイアライフ
決められたことをその通り行うということが苦手である。ましてや知らないところで決まったことなどは無視するとまでも思わないが、その成り立ちから得心しないと素直に従うという気にならない。逆に義務でも役割でなくとも自分で納得がいくならそれはやるべきだとわたしは考える。

他人が言うには、本来は見るべき筋合いのない年寄りの面倒をわたしは見てきている。かみさんも気持ちよく了解してくれているから、わたしのような人間でもちゃんと賛同者はいる。これを自分の仕事ではないとか、もっと縁が近い人間が見るべきとか、誰がすべき仕事だとか、そういう理屈をわたしは考えない。ざっと見渡して助ける人間がおらず困っていてそれでわたしができる力があるならさっとやれば良い。それが縁というもので格好いいとも思う。それがわたしである。

これが本来は誰かの仕事だと考えるのであれば、たぶん自分がすべき仕事を放棄しているからとその放棄した人間を許せない気持ちになり、すんなりとやろうという気持ちにならないのではないか? 負担が大きいもんであればまずできないという結論になる。と最近理解できたできごとがあった。出来事というかわたしが気づいただけだ。

ゴルフ仲間とゴルフをしていて、最近久々にゴルフを一緒にするようになったのだが、ゴルフというのはパターをする時にピンを抜く。 そのピンは全員がホールアウトしたらまた刺さねばならない。当たり前だ。そのピンを刺すのは一番最初にホールアウトした人間の仕事である、とどうやらゴルフの上級者の間では決まっていることらしいとその会話から知った。わたしは長くゴルフをしてきて、それを知らなかった。それはできる人間が誰かすればいいものだと思っていた。ホールアウトした時に最初にホールアウトした人間がピンを持つのは自然である。だから普通はそれで良いが、時にはなんか用事があったりあるいは考え事をしていたりでも良いがその人間が持たないとすればそれで別の誰かが持てば良い。わたしはそう考えていた。

仮に一日一緒にラウンドして、一回もピンを持たない人間がいたとしてもわたしは腹が立たない。自分がすれば良いのだしそれは別に負担とも思わない。だが世の中そうでもないようだ。これを義務とか仕事と考えるのであれば自分で一生懸命やろうという気持ちの一方で、やらない人間を不愉快に感じるのはこれは理解できる。

そうやって考えていくと多くの特に上級者のゴルファーがわたしに対して不愉快に感じるのも、また長いサラリーマン生活でも多くの人間がわたしを不愉快に感じたのも、これはある意味当然かもしれないと、今は思う。わたしは仕事をしていてもこれは誰がすべきであるとか、誰それの責任とか、その程度はそれは仕事だから考えるが、そういう義務を果たさない人間はいくらでもいるから、腹をたてたりその人間がするのを待ったりあるいは催促したり、そんなことしている暇があれば、さっさと自分がやってしまえば良いと考えていた。

効率とそして結果を出すことが一番大切であると考えていた。さらにはそれを恩着せがましく言う必要もないと思っていた。自分が結果を出したいから一番良いと思うことをしただけであるから、いわば自分でしたいからしただけである。そしてしばしばわたしは上手にやってしまうのである。その一方でわたしがぼんやりしていてやらない仕事はきっと誰かがする羽目になって、そんでその人間はきっとわたしに腹を立てていたんだろうな。腹を立てながらやるくらいなら放っておけばいいのにとわたしなどは思うが、やはりそれはできないのだろう。そういうまじめな人間が日本のサラリーマン社会では多いのである。

ゴルフについて言えば、ピンを持つのが義務とか役割と考える人たちが多いのであれば、それはその通りにしようと思う。なんとしてでもピンは誰にも渡さないぞというくらいの気持ちでやろう。わたしの場合はそれくらいでちょうど良い。それで人間関係がうまくいくならそのほうが良い。

乗馬では鞍とかはみの付け方など、馬の扱いについて非常に細かに順序とか段取りが決められている。わたしはもともと決められたとおりにするのが苦手な人間だから間違えることも多い。乗馬クラブの上級者から指摘されることもある。私は素直に謝りそして間違えないように注意する。今の乗馬クラブに入ってまだ日が浅いのでいろんな手順を忘れてもいたがだんだん思い出してきた。まあ数ヶ月すれば自然にできるようになるだろう。馬というのは数百キロもあるでかい生き物である。これがなんかの拍子に自由に動き出したりあるいは暴れたら、その結果は重篤である。人間も馬も大けがする可能性も大いにある。だからこそ細かな手順は大切である。そう自分で納得している。細かな手順にも全部は理解できなくとも守らねばならない理由がちゃんとあるんだろうと思うから、だから従おうという気になる。

ゴルフのピンは最初にホールアウトした人間が持たないと誰かが大けがしたり重篤な結果が起きるのだろうか? などとわたしはつい考えてしまうから組織でははみだしものになる。決まっていることにはまず従うという、これは日本では素直と呼ばれる特性だが、これがわたしには欠けている。たぶんに生い立ちによるものだろう。ちゃんと親から育てられれば大人が決めたことを疑わずに自然と従うように子どもはなる。わたしは大人のいいなりになって酷い目にあったから自分で検証しないと気が済まない人間になった。だがこれはマイナスばかりではなかった。この性質のおかげで得したことのほうが多いと感じる。なにも鵜呑みにしないからこそ物事が成し遂げられるということである。

持っている愛嬌というのもあると思う。わたしに腹を立てる人間は多くいたが、それでも長いサラリーマン人生で困ったときや窮地に必ず助けてくれる味方が現れた。こんなハルトモでもおもしろい奴だとか、あるいは意気に感じてなんとか応援してやろうという人間はいるのである。そういう人たちの応援はそれはそれなりの覚悟で応援してくれるから、それでずいぶんと助けられた。わたしがもっと小利口で如才がなければ敵も少なかっただろうが、本気で助けようという人間も同じく現れなかったような気がする。

どっちが良いかという話ではない。わたしのことをずっと不愉快だと思い続ける人間もいるだろうから、そういう人とはわたしがいくら努力しても限度があるしうまく行きっこないからそれはつきあわなければそれが一番良いと思う。そういうことでサラリーマン時代を終えたわけだが、今でもつきあっている人たちはけっこうたくさんいてほとんどは前の前の会社の人たちである。前の会社ではいないし、わたし自身つきあうのは願い下げという人物もけっこういる。それもまた偶然なのか、またはなんらかの理由があるか、これは考えているが、また長い話になるのでまた別の機会に譲ろう。
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ハルトモ
Posted by ハルトモ
自由人ハルトモ。那須とさいたまを毎週往復するリゾート&リタイアライフ、そして旅、投資ネタもありのブログです。
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Comments 4

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あつし  

No title

今の競技などでは、スロープレー防止の為、そのホールのスコアの悪い人がピンを刺します。
スコアの良い人には次のホールに先に行ってもらいティーショット準備をしてもらう為です。

2016/05/26 (Thu) 12:36

ハルトモ  

No title

ああそれもやりますね。前の組みと間があきそうな時とか、、でも競技でマーカーだと最後まで見なくてもいいですかね? 遠くから見るのかな?

2016/05/26 (Thu) 12:45

あつし  

No title

競技常連の方は、自分しか見ないですよ
マーカーさんと呼んでも、「OK、OK」です。
見にも来ない、所詮ゴルフは自己中が強いのですよ
紳士のスポーツと言いながら、人に気を使わない方が
上手な人には多いと思います。

2016/05/26 (Thu) 16:25

ハルトモ  

No title

なるほど

2016/05/26 (Thu) 16:33

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