自己犠牲

2016年05月16日
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日々の雑感ーリタイアライフ
三日連続でのラウンドは夫婦で。昨日のかみさんはビジターの男性用の白ティーから50.48の98.よくまとまったラウンドであった。最近ショットに目を見張るものがある。何歳かわからないがまだ働いているいう同伴の男性とそれほど距離が変わらない。スコアもかみさんの方が良かった。わたしのゴルフ仲間でもかみさんのゴルフの腕前ということではうちのかみさん以上はあまり聞かない。ほとんど奥さんはやらないという人間が多い。聞くのはひろし君の親戚の公認会計士くらいかな? つまりとても贅沢だということだろう。かみさんはホームコースを持つメンバーだしね。かみさんはスキー、乗馬、ハイキング、サイクリングもわたしと一緒にするが本命はゴルフだ。これからはホームコースだけでなくホテル付きのリゾートコースを回るつもりだ。

わたしはと言うと、大荒れでトリ、ダボ連発で87。ただパーが10個取れたのでこれは悪い傾向ではない。とんでもないミスショットもでるしナイスショットもでる。昨日のテーマはずばり飛距離であった。あまさんに少しでも近づける距離ということでいかにヘッドスピードをあげるかを意識した。それでようやく自分なりに疑問点が見えてきたから練習したくなった。最近は練習しようとさえ思わなかったのでそれも進歩だ。いったん帰宅後に練習場に。そこで200発ほど打ったが結局まともに当たらずに帰還。まあ仕方ない。そんな甘いもんではないし開眼したところですぐに閉眼するのがゴルフだ。

古い知人から電話があった。中学生の娘が夏休みにホームステイに参加したいと言い出したそうだ。どうも友達と一緒にそういうツアーに参加するということのようだ。10日間で50万円弱。友人は参加させるつもりだが全く英語ができなくて大丈夫か? なんて言う。そんなこと聞かれてもわたしはわからないがたぶん問題ないだろう。イギリスだって。まあ行くのは自由だが、わたしが感心するのはその友人は自分の小遣いを切り詰めてろくに遊びもしない。近々集まりで東北に一緒に行くのだがせっかくだから一緒に温泉に泊まろうとわたしが誘っても金も暇もないと帰ってしまうのである。そうやってお父さんお母さんが倹約してそれで子どもにはぽんと物見遊山の海外旅行。これはなにか間違ってないか? とはまったく思わない。こどもの教育には金を惜しまず,一点でも偏差値が高いとそれだけ幸せに近づくと信じ切っているのである。

その知人、仮に偏差値一番の考え方が間違っているとしたらいったいどんな人生を歩めばいいのか? きっと困ってしまうのだと思う。お父さんもそういう人生を生きてきたからそれしか知らない。自分が知らないことは教えようもない。一方わたしだって自分のこどもにはなにか教えたというわけでもないが、娘はがり勉で点数をあげて良い大学に入ってよい仕事を得るということを別に人生の重要事項とは考えていない。

これは考え方の差で片づけるものではないとわたしは思っている。物事が見えているか見えていないかくらいの大きな差だとわたしは思っているが、いくら言っても説明できるものでもない。一生わからないで終わる人が多いのである。こっちがとやかく言うことでもない。もちろん点数が低ければ良いということでもない。うちの娘だって、どこでも良いといいながらそれなりの大学に入ってほっとしたというのはある。そのために自分が犠牲になる気はないということだ。わたしの娘も何もわかっていないが将来自分の子どもの犠牲になるという考え方は少なくともないだろう。その時にその子どもがどうなるか? それはわからない。
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ハルトモ
Posted by ハルトモ
自由人ハルトモ。那須とさいたまを毎週往復するリゾート&リタイアライフ、そして旅、投資ネタもありのブログです。
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