人を助ける

2016年04月12日
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児童養護施設のこと
子どもたちにはもう退職する事は話した。多少不安定になる子もいたが総じて落ち着いて受け止めてくれた。年だし園長から覚えも悪いので、そのうち辞める、とずっと言っていたので、ああその時が来たかな? ということで驚きはない。ある子どもが聞いてくる。またここに遊びに来たりする? 「来ないだろうな。」と答えた。仮にわたしが遊びに来てもホームには入れてもらえないだろう。入るのを断られる元職員もいるのである。わたしもたぶんその口だ。ただ連絡してくるのは構わないしどこかで偶然会うってこともあるかもよ。と言っておいた。近くに住んでいるのだし実際店で偶然会ったりするんである。

個人的には辞めたら終わりという気持ちが強い。それほど個人個人のこどもに思い入れはないし逆にそれほど子どもから好かれているわけでもない。どうせしてあげられることはさほどないのである。あくまでも他人、施設の子どもとそこの職員という関係であった。ただ助けを求めてなにか自分にできることがあるのなら、それはしてあげようとは思う。そんなノリで実父実母養母伯母と面倒を見てきた。みんな望んだわけではないが他に頼る人間もいないのでわたしが助ける羽目になった。別に望んでしたということではない。

わたしは人から助けられるのも人を助けるというのも好きという気持ちはない。縁だと思っている。以前の勤め先で、人を助けるのが好きだ、という人間がいて、「わたしは状況で助けるだけで人を助けるのをうれしいとは思わない。」と答えたら、「ハルトモさんは冷たい人ですね。」って言われたことがある。その人間がどれだけ温かいか知らんが、助けた相手がお礼を言わないと怒っていたりする。わたしは自分が助けた相手がお礼を言わなくてもそれは別に構わない。実際つきあった施設の子は感謝もしない。お礼やフィードバッグはあればあったで別に構わないがなくても構わない。自分がそうしたからそうしただけなのである。

ハルトモという変なおっさんがいたな、なんかいろいろ言っていたな。そういう思い出が残ればそれで十分である。いろんな子どもがいた。とんでもない子どもも多かったがそれらも今でも全部良い思い出となっている。たぶん辞めてもきっと思い出すだろう。実際夢に施設の子どもが出てくるくらいだから。わたしはまた新しい人生を生きていく。君もたくましく自分の人生を生きていけ。人生とはそうやって出会いと別れを繰り返していくものである。またあう機会がもしあるならそれも縁だろう。人生は金も地位も名誉も実績も、あって邪魔ということはないが、それより大切なのは自分の納得とそして思い出である。思い出とは時間の質という意味である。良質な時間をどれだけ持ったかで思い出の豊かさがかわってくる。

人は死ぬ瞬間に人生の思い出を一気に見るとか聞いたことがある。わたしの人生は今までも楽しい思い出で満ちていてまだまだ積み上げる気でいるから、これは一気に見ると言ってもずいぶんと時間がかかるんじゃないかしら? その時は大変だろうな? どう大変かよくわからんが、、

同級生で70年代の音楽ばかり聴いている人間がいる。思い出に浸っているのかどうか知らないが、たぶんその時代がその人にとって楽しく好ましい時だったのじゃないかなって思う。じゃあその後の人生はどうだったんだ? とつっこみたくなるが、納得と思い出に満ちていればどの時代も好ましく懐かしく、結果どの時代の音楽も聴いていて楽しいということになるんじゃないだろうか?どの時代にもすばらしい音楽はある。いろいろ組み合わせて聴いていればそれだけ幅広くなる。今の音楽だって聴いていれば何十年もして懐かしいということにきっとなるだろう。楽しく生きていれば。

情けは人のためならずということわざがある。一般的な解釈は、人に助けを施しておけばいつかどこかでそれが返ってくることもある。だから自分のためになる。ということらしい。わたしの解釈は人を助けるという行動そのものが自分の納得で思いでづくりであり、まさに自分のためであるということ。返ってくる必要はない。自分が好きでやっていることだから。好きと言っても喜んでいるわけじゃない。自分でそうするのが良いと思うということだ。おもしろいもんでそうすると後から楽しかったということになる。自分の納得でするということが大切だ。いやいややったら決して良い思い出にならんだろう。
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