反抗親父

2016年03月27日
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人生の考え方
わたしが思うに、貧乏人の反対語はお金持ち、と考えていると一生お金に使われることになる。貧乏人が多少金を稼いでも大抵貧乏人のままである。お金持ちの反対語からみれば解りやすいか? お金持ちの反対はお金なしである。これはそのままである。それをお金なしとは呼ばずなぜか貧乏人と呼ぶ時に、その人間の言葉に対する定義の自由度が生じる。わたしに言わせると貧乏人の反対は自由人である。

なぜそう思うようになったかはこのブログの古い読者であればおわかりだろうが、生い立ちが相当に影響している。富裕な家に生まれたハルトモ君は順調に行けば従業員が数百人の中小企業の跡取り息子であった。それがあれよあれよと転落して家庭崩壊一家離散、自分は児童養護施設にまで入る。その後社会にでるまでずっといわゆる貧乏生活だったが、子供心にもお金を稼げば自分が幸せになれるとは思わなかった。お金があっても幸せは別。お金がないと、狭いアパートに住んだり、あまり高級なものは食べられないが、これはどうということはない。案外悪いものではない。わたしは今でも安物が大好きだ。貧乏の本質は実は別のところにある。理屈では幾らで言えるが、これを体で知るとはまったく重みがことなるから、これ以上くだくだ書く意味も読む意味もないだろう。わたしの今の考えはこのブログ全体に溢れている。

反対語というのはどう捉えるかで視点が整理される。優等生の反対は劣等生? これもわたしに言わせると違う。優等生の反対は反抗児である。わたしは知能は高かったから多少は勉強もできたが、優等生ではなかった。概ね優等生は自分が住む社会を肯定的にとらえ親を肯定する。だから勉強して進学することに違和感を感じない。好ましいと思われる社会でそれなりに成長していく。わたしは社会にも親にも肯定的でなかったから、勉強する環境以上に勉強する気が本当の意味で起きなかった。だが今となってはそれでよかったと思えるのだから人間なにが幸いするかはわからない。

ただ基本的にはわたしは今でも反抗児だね。いや反抗親父か。わたしも成長したから反抗も楽しくやる術を心得た。こうなるとますます楽しいが、いつまでも反抗ばかりしていないで、ちゃんとした大人にいつかなりたいとは思っている。だがLONG WAY TO GOだから、それこそ長生きせんといかん。100歳までにはまともな大人になりたいね。まだなにがまともか模索中だけど。
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ハルトモ
Posted by ハルトモ
自由人ハルトモ。那須とさいたまを毎週往復するリゾート&リタイアライフ、そして旅、投資ネタもありのブログです。
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