庶民感覚

2016年02月20日
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マネーと生活
良い悪いは別として親から大切に育てられると親というか身近な大人を肯定する子どもになる。いわゆる素直な子。親からないがしろにされて育つと大人を信頼しない子どもになる。これは貧乏な家でも豊かな家でも両方であり得る。日本のすごく貧乏でもなくてあまり豊かでもない家庭の大多数はおしなべてこどもを大切に育てる。その親はたいてい家賃とか住宅ローンをヒーコラ払い、子供の教育費に頭を悩ませ、そして会社では理不尽な上司の指示に唯々諾々と従い、どんな嫌なことでも耐えに耐えて、それで家庭を守り子どもを育てる。いわゆるわたしが言うところの被搾取層でわたしはバカバカしくてなりたくないと思ったが、こんな親がほとんどで、そしてその大多数のこどもはそんな親を肯定するようになる。そして自分も同じような人生を歩もうとする。またおおむねそれは親の願いである。少しでも偏差値の高い学校に行って、安定した職業を得て、、、、こういう中で醸成されるのが、まあ庶民感覚というくくりで表現できるものである。

この庶民感覚のジレンマは、お金というものをななにやら軽く扱おうとするようでいて一生お金に縛られて生きているということである。一生お金で楽をすることができない、いつもお金の心配をしている。その一方でお金を持っているということを素直に肯定できない。お金があっても、、人生は、、、、まあその通りなんだが、金があって言える人間とはまったく意味が違う。そもそも人生観が経済的事由に影響されるのもなにやら哀しげである。わたしに言わせると日本の庶民はこじんまりとしている。わたしクラスの貧乏を知っている人間などほとんどいまい。そしてこの今わたしより豊かな人間が相当の少数であることも事実。つまり日本の庶民というのは、わたしの知っている貧乏も豊かさもどっちも知らないのである。親が苦労して金の算段をしている姿を見て、、、こどもが感謝の心を知るまともな人間に育つと思うのは、これは幻想であろう。せいぜい親程度の被搾取層を再生産するだけである。そんなことせんでもまともにこどもを育てる方法はいくらでもあるが、いわゆる平均的庶民には想像もつかないとも思う。

わたしの子供は親が、つまりわたしがお金に困っていたりなにか悩んでいる姿を見たこともない。それはその子にとって不幸せであると、もしも庶民が思うなら、それは狭量な戯言である。自分の知らない世界を安易に否定しているだけである。自分が知らないものに胸をときめかせるのが金持ち、自分が知らないものを否定にかかるのが庶民、まあこういう構図であろう。
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ハルトモ
Posted by ハルトモ
自由人ハルトモ。那須とさいたまを毎週往復するリゾート&リタイアライフ、そして旅、投資ネタもありのブログです。
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Comments 2

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fuh*a*  

No title

ハルトモさんって
NHKのスーパープレゼンテーションの
ナビゲーターと被ります!私だけか(笑)

2016/02/20 (Sat) 22:58

ハルトモ  

No title

見てないです。すみません。

2016/02/21 (Sun) 11:06

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