フレンチ居酒屋

2016年01月14日
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私的グルメ





今日は午後から休み、帰宅の道すがらDVDを借りてきて映画を見るとのと猫のマロの入浴とそれから夕食は駅まで歩いてフレンチ居酒屋にかみさんと行ってきた。そういうカテゴリーがあるんだか知らないがそう謳っていた。味はまあフレンチ居酒屋とはよく言ったもので、ファミレス以上フレンチのブラッセリー未満かな。値段もその間に入るくらい。割と食ったが安かった。かみさんと二人で食事をして1万円以下というのは珍しい。キッシュがおいしかった。あとは普通。そこはグラスワインをふざけた注ぎ方するんだけどこれはこれで満足度は高い気はする。もっと入れろとは絶対思われない。店主が考えたんだろうがまあやりすぎだ。

かみさんとよく食事に行くが食事の話題は旅行とか食事とかゴルフとかあと買い物の話が多い。年寄りの話と娘の話もすこしする。絶対にしないのは金の話。もう20年くらいかみさんと金の話を深刻にした記憶がない。家だって車だってそのあたりの口座から出しておけば良い。家も数軒買ったが適当に出して終りだ。買い物もこれから買うものの話はするがすでに買ったものの話はしない。

こどもの頃すごい貧乏だったのになんでこうなったのか? 才覚があるというのはありがたいことだ。こどもの時分であれば貧乏していて嫌なことというのは実は貧乏そのものではない。小学校の時に毎日味噌汁と冷やご飯を犬と一緒に食べていたがとても楽しかった。家だって雨風しのげればボロでもどうということはない。面白くないのはそれを馬鹿にする人間が多いということだ。施設の子とは遊ぶなとかね。貧乏で着ているものも汚かったりみんなが持つようなものを持ってないし中学校の時には馬鹿にされなかったけど、高校に行くといいところのおぼっちゃんが多かったせいかわたしのことをあからさまに馬鹿にする人間がけっこういた。優等生でも根性が悪い人間がけっこういるということだ。(もちろんそうじゃない人間のが多い。当たり前)

今にして思えば所詮こどものやることだから、そういう奴はいるだろうとは思う。そいつらはたぶんわたしを馬鹿にしていたことさえ忘れていると思う。差別というのはそういうもんだ。やったほうは忘れる。やられたほうは忘れない。当時はこの野郎とわたしも思った。だけどそういう悔しい思いをたくさんさせてくれたから今の自分があるのかというのは関係はよくわからないけど、やはり見ておれよという気概は育んだ気はするからそれで良かったということになるんだろう。でも今に見ておれよと思ったのは事実だが、いまとなって別に馬鹿にした人間を見返したいとは思わない。どこで何してようが興味ないが、まあ元気で頑張ってくださいくらいは思う。せっかくの同級生だから。

ところで今日はフレンチ居酒屋でかみさんと買い物の話をした。家をもう一軒買おうかという話だ。大きさは今くらいで良いがマンションなみの暖かい高気密住宅をかみさんが欲しいという。わたしは家はいまのままで良いが別荘が欲しいと言った。別荘と言ってもリゾートマンションが良いのだが、高気密住宅なら引っ越して今の家を貸せる。リゾートマンションそのものは安いが今の家と併用になるからたぶんそのほうが高い。間をとって近場の田舎に新築で家を建てるという手もあるかもしれない。まあまだ雑談というレベルの話である。
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ハルトモ
Posted by ハルトモ
自由人ハルトモ。那須とさいたまを毎週往復するリゾート&リタイアライフ、そして旅、投資ネタもありのブログです。
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