最高の人生の見つけ方ー映画

2016年01月08日
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映画・ドラマ・音楽

娘がITUNES で見ていたのでレンタル期間にかみさんと見た。このフリーマンという役者は本当にあちこちとよく出てくるね。末期ガンの二人のおじいちゃんの話だが特に強いメッセージ性はない。たぶん人生で何かを成し遂げたと自分なりに感じていたり、そうでなくても仕事に重きを置いた人生の人間であればジャックニコルソンに共感するだろうし、やはり温かい家庭だと思う人ならモーガンフリーマンに共感するだろうし、もちろんその両方だと言う人もいるだろうし、あいにくどっちにも共感しないという人もたぶんいるんだろう。

自分の人生に納得できない人というのは少なからずいるんだろうと思う。これは不幸だ。だが納得できないということは自分で納得しないと決めたことだから、自分で不幸になると決めたということである。なぜなら納得するもしないも自分の心うちにあることだから。納得、これは諦観とか受動的に運命を受け入れるのとはわたしは違う意味に使う。人生はばたばたとあがいてそれで楽しいのである。

何に納得がいくかはその人次第である。価値観は多様で当たり前。ただ凝り固まった偏屈な価値観はそれは自ら思考を閉ざした結果であるかもしれないから注意が必要だ。だからあがけともわたしは言う。いろいろ試しチャレンジしていくから自分なりの幸福感が磨かれそして他人から見ても実に幸せそうな人間になれば、自分は自分で幸せだったら文句なしであるが、かと言ってあまり気にする必要もない。世俗的な幸せを幸せと呼ぶ人は多いから。だが親しい友人やまた家族がどう見ているかは気にしたほうが良いだろう。そして家族を幸せかどうかというのもとても重要だ。

この映画でもジャックニコルソンも最後家族(子供と孫)との繋がりを取り戻す。そして良き友人を得た喜びも知る。それは弔辞を読み上げる時悲しむということ。友人を見送り心から悲しむのは実は幸せなことであると思わせる。幸せあればあるほど大切な人心許せる人に囲まれて居ると言うことだからそれらを失うことは避けられない。人は必ず死ぬから。送る方も送られるほうも幸せだと言える。結局どっちも死ぬ映画だがそれでハッピーエンドという映画であった。

映画と平行してグリーをしこしこ見ている。なかなか楽しいドラマである。ロックのスタンダードがばんばんミュージカル仕立て流れる。それをGoogle Play musicで早速聴くと言うパターンだ。今日はCCRが流れていた。PROUD MARYという名曲だ。早速ダウンロードしたがいやあ懐かしい。最近は音楽と映画とそんで時々本でも読んでいたらとても幸せである。あと風呂ね。テレビとスピーカーを買ったので家族みんな長風呂になっている。小原の庄助さんの生活というのは理想的だ。こちとら身上潰す可能性もないし。

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