感謝の心

2015年12月15日
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児童養護施設のこと
感謝の気持ちというものはどういうものであろうか? 児童養護施設では「ありがとう」という言葉を教える。だから子供によっては自然と「ありがとう」と言えるようになるが、では実際心から言っているかと言うと疑問である。なぜ疑問かというと明確な理由がある。ある子供はありがとうと言いながらも次々に新たな要求をぶつけてくる。飽くことなく求めてくる。つまり充足されていないのである。

考えるに感謝の気持ちの基本は「喜び」であり「足りる」を知るということである。「もう十分です。ありがとう」の「ありがとう」と、「ありがとう。でももっとよこせ」の「ありがとう」とは心根はまったく違う。小さな頃から大切にされてきていない子供たち精神的に満たされていない。根本は精神的な満たされなさ、その満たされなさを代わりに物欲で補うかのごとく求める子供もいる。異常に物欲が高かったりあるいは万引きに走る子どもは施設に多い。だがそもそも施設にいる子は貧困であるのが殆んどだから物もさほど充足されない。さらに物をいくら買い与えても結局は精神は充足されない。それで物を大切にせずぞんざいに扱う。まったく負のスパイラルである。そういうことで生まれてこの方満たされた感覚を知らない子供たち、まさに感謝の気持ちを知らないこどもたちと言っていいのではあるまいか?

今年もクリスマスがやってくる。施設では5000円くらいの予算で子供たちの希望に沿うものを用意する。確かに子供たちは楽しみはしているが、やはり優しいお父さんお母さんの笑顔とセットでプレゼントをもらってこその精神的充足であろう。物だけ来てもどうにもならない。

わたしが寄付という行為の限界を施設で知りここで何度も書いている。金だけ物だけ送って良いことをしたと満足するのも寄付しないよりはましだろうがここころは決して届かない。手で持っていったところでたいして知りもしない人間からものをもらうなら一緒だ。そういうことで何年か一緒に子供と過ごした経験は貴重だが、その身近な人間からいろいろされても、そうは簡単に精神的充足とは言えない。精神的な充足がフルスケール100としてわずかに10しかないこどもにさらに5とか10をなんとか足す。ふと見るとまた減っている。それでまた足す。そういう仕事である。
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ハルトモ
Posted by ハルトモ
自由人ハルトモ。那須とさいたまを毎週往復するリゾート&リタイアライフ、そして旅、投資ネタもありのブログです。
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