反省2

2015年10月24日
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日々の雑感ーリタイアライフ

反省という言葉を考えるときに似た言葉ですこし意味合いの違う後悔という言葉がある。反省はよそ行きのものにしばしば変質しやすいが、後悔はこれは精神の内面的な作業と言える。つまり本音に近い。以下の文章のほとんどは罪を犯した人間が主語であるが、、いちいち畫くのが面倒なので割愛してみる。


後悔は捕まった瞬間から始まる。ああ、なんであそこでこんなことやったのかな? あそこで止めておけば良かった、とか、だが実際やってしまった。次に思うのはあいつが誘ったからだとか、そもそもキッカケを作ったのはあっちだとか、人のせいにする思考である。一般人が期待する反省とはほど遠くほぼ全員がするのはまず後悔である。


つかまらなければ今も普通に暮らせていたわけである。捕まった瞬間からすべてが変わる。これが反省より後悔に向かう理由となる。そして捕まった以上は罰が来る。その罰を受けるのはつらい。反省を求められる。その通り反省をする。外から見えるように反省文を書いたり泣いて謝罪したり。これは演技というのではなくやっている本人もまじめにやっているのである。つまり反省したつもりに自分はなっているが実はなっていないということである。だから再犯する。


罪を犯す子どものほとんどはその成長過程において心に傷を負っている。大切に育てられてきていない。大切にされないとどうなるかというと、自分は大切にされる価値のない人間だと思うようになる。自分なんかどうなってもいいんだ、そう自分のことを思っている。自分のことさえどうでも良いのであるから他人のことなどますますどうでも良いということになる。これが身勝手な犯罪行動に走る背景となる。


反省と言うのは今後の生き方をどうするかという話であるから、起こした事件だけの話では終わらない。前向きに生きていく見込みがあって多少なりとも満たされた気持ちと更に感謝の心とがセットになって、そこではじめて本物の反省となり再犯が避けられる。ということで累犯を繰り返す人間の再犯を抑えるのはなかなか難しいということである。人に温かくされると良いとは言うが親以上にやってくれる他人などいない。児童養護施設の職員にその役割を期待するのは無理があるが、他にいないというのが現状である。かくして再犯は続くということであろうか? 先のことはわからんから止まって欲しいとは思うがかなり甘い期待だとしかいいようがない。
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ハルトモ
Posted by ハルトモ
自由人ハルトモ。那須とさいたまを毎週往復するリゾート&リタイアライフ、そして旅、投資ネタもありのブログです。
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