親心

2015年05月10日
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日々の雑感ーリタイアライフ
大学一年生の娘が学校の短期留学というか旅行と言うか10日間欧州に行くのだが案内が来て参加費が60万円なんだそうだ。向こうでの滞在費を考えればなんだかんだで軽く70ー80万円くらいは行くと思うが、在校生のほとんどは参加するんだそうだ。学科の在校生が200人くらいであるが、みんながみんなこれだけのお金を苦労もなく出せるとは到底思えない。ほぼ1年分の授業料に匹敵する。バイトで捻出するにはちと無理だから夏休みバイトで頑張る子もいるのかもしれないがそんな貯まるわけはない。ほとんどは親が出すか、はたまた奨学金から捻出するか、それだけ苦労して出したお金で自分の子供がどれだけのものを得るかというと、大したことないのは間違い無い。10日くらい学生が行ったところでまあお楽しみ旅行だ。親は親孝行もせずもちろん嫁さん孝行も自分孝行もせず、自分の楽しみも抑えて、たまの安酒も削り、たぶん200人中80%か90%はそれなりの苦労をしてお金をひねり出してる。親というのは偉いものである。たぶん自分も親からそうしてもらったのだろう。だが子供のために親が犠牲になる姿というのは、子供と親の軋轢の原因しばしばなることは知られた事実である。親はこんなに自分が犠牲になっているという気持ちが態度に出る。子供はそれが負担だし、また別に親のために勉強して大学に行っているつもりはない。だからと言って親なしで自分でたくましく生きて行くほどタフでもない。
これではギクシャクしても不思議はないが、ようは親は責任感じすぎということだろう。別にそこまでやらんでもできる範囲でやって親は親で自分の幸せを追う方がきっと子供にもよい影響はあるとわたしは思うけどね。

一方である。児童養護施設に来る子供の親というのはいろいろいて一口ではくくれないが、子供にお金をかけない特に教育にはほとんどお金をかけない、というのは性向からしても結果からしても共通している。もちろん金もないことはないのだが、そのない金から自分のタバコ代や酒代を削ってまでなんとか子供のために犠牲になろうという気持ちは行動から見るに、ない。言葉ではあるようなことをいう親は多いが、実際行動力は伴わない。でなければ子供が施設にいるわけはないのである。もう別に親元に帰ってもかまわない状況であるのに子供の引き取りを拒む親もいる。施設に預けておけばひととおり全て面倒見てくれる。楽だしそれらは全て税金で賄われる。その分親は金が節約できるか他に金を回せる。こんなうまい話はないと思っているか思っていないかはわからないが、たまに親から施設にクレームが来る。子供の躾がなってないとか、あるいは言葉遣いが悪いとか、はたまた食わせすぎて太らせたダイエットさせろ、とか。それを自分の子供がいる施設に文句を言うのである。子供がちゃんと学校に行かないのなら引き取れない、なんて馬鹿げたことをいう親もいる。責任感じすぎの親の反対で責任感じなさすぎ。親が子供に責任を感じないときにどういう子供になるかは一概には言えないが、おしなべて良い影響とは言い難いだろう。親から見はされたと自己否定的になる子供が多い。まことに可哀想である。

親心という言葉があるが、親心もしょせんは人の心、うつろいやすくそしていろいろである。

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ハルトモ
Posted by ハルトモ
自由人ハルトモ。那須とさいたまを毎週往復するリゾート&リタイアライフ、そして旅、投資ネタもありのブログです。
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